勅使河原蒼風データ〈5〉

(1959〜1980.07.15  岩戸景気から、日本初の蒼風彫刻展開催まで)
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下記年表内の
 赤文字……草月流外のいけばな界の動き
 青文字……蒼風の個人的な出来事
 黒文字……蒼風の公な活動と、草月流の動き 
 緑文字……いけばな以外の美術界および社会の動き
 ★印は、蒼風の作品名か作品内容。〈〉内は作品名
 ※表中敬称略 
   
勅使河原蒼風 年表   (1951〜1967.12.24)

1959(昭34)

岩戸景気 この頃より、週刊誌が売上げを伸ばす

1959(昭34)4月

皇太子成婚

1959(昭34)04.12

蒼風と宏、アメリカに出発

1959(昭34)04.15

NYにて、蒼風の歓迎パーティ

1959(昭34)04.18

NYにて、蒼風のデモンストレーション。会場満員

1959(昭34)04.19〜20

NY マーサ・ジャクソン・ギャラリーにて、蒼風彫刻展開催
21日には特別招待展示
★木塊彫刻作品約20点。いけばな小品数点。書数点

1959(昭34)04.20

NYタイムズ、マーサ・ジャクソン・ギャラリーの蒼風彫刻展を、の作品写真入りで紹介。ヘンリー・ムーアとの類似点を指摘した批評を掲載

1959(昭34)

カリフォルニア大学講堂で、蒼風講演が行われる

1959(昭34)5月

トリノにて開催された「アルテ・ヌォーボ・フェスティバル」に名誉招待出品者として蒼風参加
★彫刻作品。木を使ったいけばな大作

1959(昭34)5月

パリ スタドラー画廊にて蒼風個展開催。盛況

1959(昭34)05.05

パリ近代美術館の「サロン・ド・メイ」に、蒼風の作品が招待出品される

1959(昭34)5月

バルセロナ ガスパール画廊にて蒼風個展開催。盛況

1959(昭34)

「タピエが選ぶ日本作家15人展」、現代画廊にて開催。蒼風も選ばれる

1959(昭34)06.11

蒼風と息子:宏、帰国

1959(昭34)10.04〜07

「勅使河原蒼風・宏二人展」、草月会館にて開催。父子の初の共同展
★彫刻といけばな作品 モザイクの壁〈雲〉

1959(昭34)11.13〜18

第35回草月流展、銀座松坂屋にて開催。蒼風の彫刻作品の影響から、鉄や石の作品が目立った
★「半神」「孫・季里の顔」

1960(昭35)4月

大阪・高島屋にて、インターナショナル・スカイ・フェスティバル開催。蒼風参加

1960(昭35)05.02

フランス政府より、オルドル・デ・ザール・エ・デ・レットル(芸術文学勲章)オフィチェ章を、蒼風が受賞。日本人初の受章。フランス大使館にて、授章式が行われる

1960(昭35)06.10

蒼風、ヨーロッパに出発
このときの、蒼風のヨーロッパでの活動
・マリノッティの招待により、ベネチアのパラッツォ・グラッシで開かれた展覧会に出品。(この展覧会のテーマは「自然から芸術へ」。木・根・花・石などが素材として使用され、現代いけばなに通じる作品群が、多数出品されていた)
・トリノ近代美術館前庭に、モニュメント作成
・オランダのフラワーショーにて、デモンストレーションを行う

1960(昭35)09.01

蒼風、ヨーロッパより帰国
この頃より、日本は高度経済成長期に入る
経済の活性化に伴い、いけばな界にも華麗な作品が目立つようになる(作る側にも、見る側にも、華麗な作品が求められた?)

1961(昭36)5月

蒼風、外務省の文化使節として、霞と共に、盆、ベルリン、ケルン、フランクフルト、ミュンヘン、デュッセルドルフ、ハンブルグ、トリノにて、花展と講演会を行う

1961(昭36)10.03〜1ヶ月

蒼風個展、パリ:スタドラー画廊にて開催
★木塊を素材とした彫刻作品

1961(昭36)12.15

蒼風、フランス政府より、レジオン・ド・ヌール勲章スタドラー章を受章

1962(昭37)03.22

蒼風、妻:葉満と5人の師範を伴い、渡米
このときの、蒼風のアメリカでの活動
・ワシントンで開催されたイケバナ・インターナショナルの第一回世界大会に出席
・シアトルで開催された米国21世紀博覧会に彫刻出品(4月中旬開幕) この作品は、ヘンリー・ムーアの作品と共に、シアトル市買い上げとなる。蒼風の作品は、シアトル市オペラ・ハウスの中央ロビーに永久展示が決まる。★木塊の表面に金属板を貼り付け、いぶして磨きをかけたもの。1960年作成
・NY、ロサンゼルス、サンフランシスコ、ワシントン、ホノルルの草月流教室を訪ね、デモンストレーション、講演、研究会を行った

1962(昭37)04.14

蒼風、第12回芸術選奨受賞。受賞理由「海外の個展その他でわが国造形芸術の成果を紹介して注目を集め、また、伝統芸術のいけばなから発想して、新しい造形芸術を創造した」

1962(昭37)11.02

蒼風、フランスに出発

1962(昭37)11.09〜

パリ国立美術館プチ・パレで開催された「日本文人画名作展(浦上玉堂から鉄斎まで)」をいけばなと書で会場構成。(アンドレ・マルロー文化相が、蒼風を指名しての依頼)
★いけばな作品のほとんどは、展覧会のテーマに沿った文人花

1962(昭37)11.10

パリの新聞「ル・フィガロ」の一面に、蒼風の写真が掲載される

1962(昭37)

テレビ受信者、1000万を超える。国民所得、一人当たり16万2000円

1963(昭38)03.12〜17

日本橋高島屋にて、蒼風個展開催
初の彫刻展。現代彫刻として批評の対象となった
★大小100点近い彫刻作品。木塊大作〈やくも〉〈ちから〉〈たかちほ〉〈いわと〉〈おろち〉

1963(昭38)5月〜6月

パリ:グラン・パレにて開催された「国際現代芸術展」に、アンドレ・マルロー文化相の要請により、蒼風参加。参加各人に、760平方メートルの場所が与えられた。蒼風は、建築家:進来廉と、今井俊満の協力を得て、760平方メートルのスペースを日本庭園風にアレンジ。書、彫刻、いけばなを出品した。

1963(昭38)6月

東京ヒルトンホテルの開館イベントとして、ホテル全館に蒼風のいけばなが飾られる。
★御所車の大作いけばな、現代調立華、吊花大作、オブジェに挿花、モビール、レリーフ、彫刻など。
蒼風著『花ぐらし』(主婦の友社)刊行

1964(昭39)4月

世界いけばな大会(アメリカ)に、蒼風出席

1964(昭39)7月

NYに落成したリンカーン・センターのフィルハーモニック・ホールを会場に、ジャパン・ソサエティ主催による蒼風個展が開催
★いけばな大作3点。彫刻15点
〈日輪〉1Fから4Fの吹き抜けいっぱいの、高さ10メートルの大作。木の幹、木の根、スマイラックス500本、大輪菊300本、鳥の羽を使用 

1964(昭39)10月

三大宗家展(蒼風、小原豊雲、池坊専永による)、日本橋高島屋にて開催

1964(昭39)10.10

東京オリンピック開催

1964(昭39)

東海道新幹線開通

1965(昭40)07.13〜18

蒼風・霞二人展(北海道新聞社主催)、札幌今井デパートにて開催
★彫刻〈神秘北海道〉、彫刻〈古事記連作〉 大小いけばな

1965(昭40)10.01〜06

蒼風、ベルリン芸術祭に参加。アカデミー・デ・クンスト・ホールにて、蒼風個展開催
パリ個展の後、蒼風一行は、ドイツ各地・フランス・スイス・イタリア・イギリスを回り、デモンストレーションと講演会を行った

1966(昭41)

この頃より、交通事故激増

1966(昭41)05.05

蒼風著 作品集『私の花』(講談社インターナショナル)刊行
いけばなと彫刻作品より、54点が掲載された。様々な環境に生けられた作品は、すべて土門拳による撮影。花器の手配の大半は、京都の古美術商:近藤金吾が行った。製作に2年を費やして完成

1966(昭41)09.27〜10.01

蒼風個展、日本橋高島屋にて開催。いけばな、彫刻、書、絵画が展示された
★〈トリカミ〉高さ2.85メートル、幅8.9メートルの楠の木による巨魁彫刻

1966(昭41)12.01

日本いけばな芸術協会発足。蒼風が理事長に就任する

1966(昭41)12.15〜1967(昭42)01.12

蒼風個展、ブリュッセルの国立美術館パレス・デ・ボザールにて開催(ベルギー政府の要請によるもの)

1967(昭42)

昭和元禄。日本のGNPが、資本主義国で第三位となる。ボーナス額は、史上最高

1967(昭42)09中旬〜11月

蒼風個展、キャンベラ・シドニー・メルボルンにて開催

1967(昭42)12.03〜24

「勅使河原蒼風の彫刻」展、京都国立近代美術館にて開催(蒼風の彫刻の展覧会としては、日本初。朝日新聞社主催)。出品数62点。大半は木彫。一部に鉄と石の作品あり。すべて、古事記連作
★〈トリカミ〉〈ツマゴメ〉




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