勅使河原蒼風データ〈4〉

(1951〜1959  初のオブジェいけばな発表から、岩戸景気まで)
勅使河原蒼風データについての説明はこちら
※まだデータが少ないですが、徐々に増やしていきます


下記年表内の
 赤文字……草月流外のいけばな界の動き
 青文字……蒼風の個人的な出来事
 黒文字……蒼風の公な活動と、草月流の動き 
 緑文字……いけばな以外の美術界および社会の動き
 ★印は、蒼風の作品名か作品内容。〈〉内は作品名
 ※表中敬称略 
   
勅使河原蒼風 年表   (1951〜1979.09.05)

1951(昭26)3月

蒼風個展、三田教場にて開催

★〈無人苑〉大作  〈手〉 初めて、水を吸わせる植物を一切使わないオブジェいけばなが登場。

1951(昭26)3月

美術文化展(上野 都美術館にて開催)に、蒼風出品

★〈散歩〉鉄の廃品(機械部品、ボルト、針金など)を組み合わせたオブジェ作品。蒼風が初めて公に発表した鉄作品

1951(昭26)4月

第27回草月流展、銀座松坂屋にて開催

★〈車・1〉鉄を組み合わせたものに、アンスリウム・アカシア・マサキ・ツツジのマッス

1951(昭26)5月

第2回日花展、大阪松坂屋にて開催
★〈虚像〉白く着色した太い木の上に、ひば・きゃら・あせび・いぶき・椿のマッスを作り、作品を縦一直線に切り下ろした形状

1951(昭26)

東横展はじまる

1951(昭26)

この頃、白東社の研究会に集まる同人は、60名ほど

1951(昭26)9月

日米講和条約発効
日米安保条約締結。占領時代が終わる

1951(昭26)10.20〜26

三巨匠展(蒼風・小原豊雲・中山文甫)大阪松坂屋にて開催

★〈ひまわり〉濃緑ガラス器に、枯れヒマワリ・君子蘭。蒼風の代表作の一つと言われる。土門拳が非常に高く評価した

1951(昭26)11.02〜07

三巨匠展(蒼風・小原豊雲・中山文甫)東京松坂屋にて開催

1952(昭27)02.24〜04.23

NYで開催される国際フラワー・ショー(NY園芸協会主催)の審査員に蒼風が選ばれ、渡米。
ハワイを経由し、3/11にNY着。歓迎のパーティー会場に花をいけた。
フラワー・ショーの入場料は1ドル50セント。(当時の日本の映画館と同じくらい)

開始時の記者会見には、NYタイムズをはじめ、雑誌・新聞記者が50名も集まった。会場のいけばなの様子も、TV、ラジオで全米に放送された。蒼風は、アメリカのいけばな人気を目の当たりにし、意外に感じたという

★立華風大作
★うしろいけで、デモンストレーション

フラワー・ショー閉幕後は、デモ、講習会に複数招かれる

1952(昭27)04.28

草月流、日花展に不参加表明

1952(昭27)05.14〜22

第一回白東社展、大阪三越で開催

1952(昭27)11.28〜12.03

第28回草月流展、銀座松坂屋にて開催。

★〈風景〉大作。文藝春秋のグラビアに掲載される

1953(昭28)3月

大阪:産業会館にて上演された江川幸一バレエ団の舞台「四季」に、蒼風が初の舞台装置を手がける
★生花を使って、式の景色を作った

1953(昭28)4月

菊五郎劇団公演(歌舞伎座)新作「木蘭(もくれん)物語」の舞台装置が蒼風に委託される
★造花使用。当初は、何とか生花を使用する方法を考えたそうだが、諸条件により、最終的には造花使用となった

1953(昭28)5月

財団法人草月会発足

1953(昭28)10.15〜25

蒼風個展、日本橋高島屋(8Fホール)にて開催。連日満員

★鉄の純粋オブジェ7点〈牛〉〈月と車〉〈魚〉
★〈ひとで〉レリーフ
★〈月の像〉枯れ木に石膏を塗り、水平垂直に交差させた作品。蒼風自ら「自分のエポックをなすもの」とコメントした自信作。美術関係者からも注目された

「会場全体を、ディスプレイ的に演出する」「壁面利用」「床面利用」「吊り展示」「ビニール水槽設置」「会場内に日本間仮説」など、いけばなの展示方法としては、類を見ないほどの多様なスタイルを駆使し、100点以上の作品が発表された

蒼風は、純粋オブジェ作品を「新造形」と呼んだ
この個展で初めて、「造形る」と書いて「いける」と読ませることを始める

※この頃、蒼風は本部の講習などでもレリーフに力を入れていた

1953(昭28)

週刊朝日11.8号で、「草月流ブーム」の特集掲載

この頃より、草月がマスコミで記事にされるようになる。大宅壮一が、蒼風に言及するようになるのもこの年から

1953(昭28)11月

第29回草月流展開催。会場内に、「造形部」を作り、いわゆる「いけばな」と区別を行うが、蒼風自身は「本質的にいけばな作品と造形作品は別物でない。世間一般に納得してもらいやすいようにしただけ」と発言している
★〈群れ〉鉄作品(蒼風の代表作の一つ)

1953(昭28)12月

抽象と幻想展(近代美術館にて開催)
★〈群れ〉鉄作品(←同年11月の草月流展に出品したもの)

1954(昭29)7月

サンパウロ400年祭の日本展示場に、蒼風作品出品
★〈日の像〉高さ約3メートルの鉄オブジェ。蒼風の鉄作品としては、初の海外進出

1955(昭30)02.03〜13

蒼風展、日本橋高島屋にて開催
★〈夜明け〉枯れ木、鉄、石の大作を並べた連作
★初のモビール大作を発表

1955(昭30)05.06

蒼風と霞、ヨーロッパに出発。ドイツ→オランダ→ベルギースイス→イタリア→イギリスを訪問

パリの日本大使公邸でのレセプションで、蒼風作品30点ほどの展示が行われる
★〈月の出る山〉大輪のあじさいを使用した大作
★ベランダに超大作:枯れ木、つげ、ベゴニアなどを使用

1955(昭30)06.11〜7.02

パリ市主催の蒼風個展、バガテル宮殿にて開催。花材の調達は、ブーローニュの森から自由な採集を許可される。大作から超小品まで展示。入場料50フラン。連日盛況
「ル・フィガロ」「ル・モンド」「レットル・フランセーズ」「ヌーベル・リテレール」などの新聞が紹介

★「ゴムの葉とプラタナスの葉一枚ずつの小品」=カルティエ・ブレッソンが高評価。蒼風自身も気に入った作品
★大作の中には、「十分な時間をかけられず、自分でも物足りないと思った作品があった」ことが、蒼風著「花ぬすびと」の中で語られている

蒼風は、この渡仏で、海外に人脈を広げた

1955(昭30)7月

文芸春秋8月号に大宅壮一「昭和怪物伝ー勅使河原蒼風」掲載

1955(昭30)8月

いけばな芸術誌廃刊
この頃、海外誌が相次いで蒼風を紹介

タイム誌…蒼風を記事に取り上げ、「花のピカソ」と形容
フランスの美術雑誌「オージュルデュイ」…蒼風を4ページ特集で紹介
イタリアの「ドムス」…1953年の蒼風作品〈丘の見える風景〉を紹介
この頃から、“神武景気”始まる

1955(昭30)10.07〜12

第31回草月流展、銀座松坂屋にて開催
★〈樹獣ー生きもの〉巨大な松の根を削り、組み合わせた大作(蒼風初の、本格的な樹塊彫刻作品)

1956(昭31)01.20〜25

「勅使河原蒼風写真と切り絵展」、銀座松坂屋にて開催。前年の渡欧時の写真と、その思い出を描いた切り絵を展示

1956(昭31)1月

現代いけばな代表作家展、日本橋白木屋にて開催
★〈椿〉巨大な根の組み合わせの前に大理石の水盤を置き、椿の花を数輪浮かべた大作

1956(昭31)03.01〜11

蒼風個展、日本橋高島屋にて開催
★超大作〈いのち〉=富士山ろくから切り出した、総重量3トン、樹齢千年の藤蔓を使用
★大作〈黒の泉〉〈白の塊〉〈竹と椿〉

1956(昭31)09.08

イケバナ・インターナショナル発足。最高顧問に、蒼風、池坊専永、小原豊雲が就任

1956(昭31)10.01〜15

開都500年記念大東京青空オブジェ展(日比谷公園にて開催)に、蒼風参加
★〈竜〉

1956(昭31)11.23〜28

第1回草月カメラクラブ展、八重洲大丸にて開催。蒼風も写真を出品

1956(昭31)12月

日本、国連に加盟

1956(昭31)

経済白書に「もはや戦後ではない」の文字
テレビ受信者が30万を越える
蒼風著:随筆集 『花ぬすびと』宝文館より刊行 (函入 ハードカバー 口絵8P 写真:土門拳 序文:伊東深水 装丁:勅使河原蒼風)

1957(昭32)1月

日劇ミュージックホールの舞台装置を蒼風が手がける
★いけばなの大作の中に、トップレスのダンサーを配置。「蒼風、ヌードをいける」と話題になる

1957(昭32)04.14〜24

「丹下健三構成による丘陵と蒼風」展(読売新聞社主催)、上野松坂屋にて開催。丹下の構成により、中村丘陵の日本画と蒼風の造形作品が展示された

1957(昭32)06.15〜07.14

第1回東京国際版画ビエンナーレ(国立近代美術館&読売新聞社共催)、国立近代美術館と読売会館(有楽町)にて開催。世界30カ国の作家が参加。国内の応募数約800の中より、約70点が入選。蒼風の石版画作品〈とげ〉も入選し、展示される

1957(昭32)7月

武智鉄二演出による野外オペラ「アイーダ」(甲子園球場にて開催)の装置を蒼風が手がける

1957(昭32)7月

ミラノ・トリエンナーレに、日本初参加。蒼風、作品を出品。
★〈碍子〉

1957(昭32)10.11〜11.10

世界現代美術展(読売新聞主催)、ブリヂストン美術館にて開催。ミッシェル・タピエが中心になって出品者を選考。蒼風も選ばれる
★〈群獣〉(後に〈樹獣〉と改題)=尖らせた根を組み合わせ、金属板で一部を覆った作品。蒼風初の木に金属板貼り付け作品
★〈ヴィーナス〉(後に〈カグヤ〉と改題)

1958(昭33)03.13〜24

伊勢神宮2600年祭:伊勢参宮博覧会のテーマ塔を蒼風が製作。神宮神域の原始林より、自由に花材採取が許可され、神宮林より、総重量120トンの藤蔓が切り出される
製作日数:約20日。製作人数:約100人
★〈摩天〉博覧会会場に立つ、高さ30メートル、直径2.5メートルのコンクリートの柱を利用して製作。2本の柱を杉皮で巻き、藤蔓をからませた。

1958(昭33)06.28

新・草月会館(丹下健三設計)、開館式。

外壁を紫色にすることは、蒼風が希望した
開館建設費は、1億5千万円。約7000万を蒼風が負担

1958(昭33)09.02〜07

「新しい絵画世界展ーアンフォルメと具体」(サンケイ新聞主催 作品選定ミッシェル・タピエ)、日本橋高島屋にて開催。蒼風も出品者に選ばれる
★〈ANIMAL〉と題する、根に真鍮板を貼り付けた彫刻2点

1958(昭33)11.11〜14

蒼風個展、草月会館全館を使って開催
★彫刻作品、いけばな作品多数

1958(昭33)12月

東京タワー完成

1959(昭34)

岩戸景気




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