勅使河原蒼風データ〈1〉

(1900.12.17〜1936.02.26  蒼風誕生から、2・26事件まで)
勅使河原蒼風データについての説明はこちら

下記年表内の
 赤文字……草月流外のいけばな界の動き
 青文字……蒼風の個人的な出来事
 黒文字……蒼風の公な活動と、草月流の動き 
 緑文字……いけばな以外の美術界および社会の動き
 ★印は、蒼風の作品名か作品内容。〈〉内は作品名
 ※表中敬称略    
    
勅使河原蒼風 年表   

1934(昭9)06.06

重森三玲の日記に、この日、「京都で蒼風、三玲、中山文甫、桑原宗慶、柳本重甫、藤井好文の6人で西芳寺庭で、新興いけばな協会について話した。10月頃、大阪で花会を開く」との記述がある
この頃の、蒼風教室の月謝は2円だった?らしい(未確認)

1935(昭10)1月

エッセイ「批評家よい出よ」で、蒼風は重森三玲や藤井好文が、いけばなについて積極的に筆をとらなくなったことを嘆いている

1936(昭9)

軍需景気、結婚ブーム

1935(昭10)05.13

交通事故にあう

1936(昭11)02.26

2・26事件



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