◆野の花  コーネル・ウールリッチ「喪服のランデヴー」

 スリルとサスペンス、哀愁と感傷の巨匠ウールリッチは、私が9歳くらいから愛している作家です。『幻の女』の作者、と言ったほうが分かりやすいかもしれませんね。

 『喪服のランデヴー』は、事故で恋人を亡くした青年が、事故の原因になった人間たちを一人残らず探し当て、復讐をとげていく話です。
 この青年・ジョニーがねえ、かわいそうなんだよねえ。何にも悪いことしてないのに、急に恋人を、それも、結婚を目前にした恋人を奪われちゃうんですよ。しかも、恋人のドロシーとは、「初めて出会ったのは、彼が8つ、彼女が7つのとき。初めて恋したのも、彼が8つ、彼女が7つのとき」だって言うじゃないか。いいじゃんか、やっちゃえよ。復讐しちゃえよ!みたいな気持ちに読者が引きずりこまれて行くんですよ。

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 ウールリッチは、不思議な人です。その実人生に謎が多い人なんですけど、どうも、ナイーヴすぎて変人に属しちゃうタイプの人だったみたいです。生涯結婚せず、彼の恋愛については、ほとんどわかっていませんが、男色の傾向のある人だったようです。
 このような、「あまり普通でない人ウールリッチ」は、なぜだか世の中の大半を占める「普通の人」の感情が、文章によっていかに動かされるかという力学に知悉していました。
 いやもう、私ら、読み始めたら、ウールリッチの思うがままだったさ。ジョニーにも、殺される人々にも、その家族や恋人にさえも、感情移入させられ、揺さぶられたさ!
 ……おお! ウールリッチの魔力に当てられ、花のことをすっかり忘れてしまうところでした。
 ドロシーの葬られている墓地の管理人が、ある日の朝、前の晩までは無かった花束が、ドロシーの墓の前にポツリと置いてあるのを見つけます。
 それは、花屋で買ったものではなく、野の花を1本づつ摘み、束ねた素朴な花束でした。
 何の花とも書いていないのは、それを摘んだ人自身が、花の名前など知らなかったからでしょうか。
 ただ、墓の前にたどたどしいメッセージが残っていました。「ドロシー、僕は待ってるよ」と。
 百合や、バラや、カーネーションでない野の花の可憐さが読者の胸を打ちます。
 百合の花束は、花屋さんで買えるけれども、すでにお尋ね者になっているジョニーが、一晩中摘み歩いた野の花の束に変わるものはどこを探してもありはしません。
 唯一のものを捧げられるのは、ジョニーにとってドロシーが唯一の存在だったことの証なのでしょう。

【「喪服のランデヴー」データ】
◆原題: Rendezuous in Black
◆1948年 ラインハート社刊
【邦訳:出版状況】
◆高橋豊訳 「喪服のランデヴー」 ハヤカワ・ポケット・ミステリ(早川書房)1957年刊
高橋豊訳 「喪服のランデヴー」 ハヤカワ・ミステリ文庫(早川書房)1976年刊





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