◆ほんの一例ですが……管理人と、管理人のリアル知人たちはこうやって教え始めた(実例)

 人はどんなきっかけで「花の教室」を始めるものなのでしょうか?
 フラワースクールに通い、レッスンプロの資格を持っている人は、世の中にゴマンといます。しかし、今日資格をとったからと言って、当然のように明日から教えはじめる人は少ないと思います。人が、「教室」の看板を上げるには、ある程度の思い切りを持って、最初の一歩を踏み出すことが必要です。

 私も、そのような最初の一歩を踏み出し、教え始めました。そして、自分の周りの知人たちが、最初の一歩を踏み出す姿も見てきました。
 このページでは、そのような最初の一歩の実例を挙げてみようと思います。

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◆例1 いけばな教室:管理人自身は、こうやって最初の教室をはじめた

 私、管理人自身は、「教えていただきたい」という人が現れたために教え始めました。
 そうなるまで、教室を開こうという気持ちはありませんでした。いつか、教室ができたらいいなとは思っていましたが、そんなものは相当先の話だと思っていました。
 思いがけずに、弟子第一号立候補者があらわれたのは、私が22歳のときでした。私は、そのために仕事をやめ(そうでなくてもやめようとは思ってましたが)、自宅教室開設を決意しました。

 私の「弟子第一号立候補者」さんは、私の母のお友達のお嬢さんです。ちなみに、弟子二号は、私が教室を始めたと聞きつけて入門してきた私の高校時代の同級生です。
 弟子三号は、一号さんの妹さん、弟子四号は、一号さんの親友でした。四号さんまでがそろうのに要した時間は、二週間ほどでした。二週間で四人入門というのは、小さな商売のようですが、無名の先生の個人教室としてはなかなか立派な数字です。

 教える場所は、自分の家の(その頃は実家住まいでした)、自分の部屋でした。6畳間に、四人の弟子を迎えたのですから、狭苦しい教室でした。(でも、社会人の皆さんは、ほっといても時間差で来るので、部屋から人があふれたことはありません)
 私は、教室の準備として、ベッドをたたみ、稽古用机を四つ、ベニヤ板と足を買ってきて手作りしました。
 花材調達先は、その町内で一番品物が良いことで評判の花屋に決めました。

 花材は、私が稽古日に花屋に出向き、取り合わせを決めて、自分で持って帰ってきました。
 花器は、すでにそろっていた自分の花器で事足りました。

 稽古日当日の流れとしては、
夕方:花屋で花材を仕入れる
19時頃:一人ずつお弟子さんがやってくる
終わり時間は無制限:でも、大概みんな1時間以内には終わりました。長くても、2時間はかかりませんでした
終了後に、たまにみんなでお茶しました。

 この教室は、私が千葉から東京に引っ越すときに閉め、それをきっかけに二人はやめてしまい、一人は私の親先生のところに入門してもらい、もう一人は私の東京教室についてきてくれました。

◇例2 いけばな教室:管理人の同門の先輩Aさん

 Aさんは、指導経験をつみたいと思ったときに、まずご自分のご家族に教えはじめました。ご主人様を最初の弟子にされたのです。
 ご主人様は、何枚かお免状も取ったとのこと。楽しんで習っておられるようで、妻に付き合ってしかたなく、ということではないようです。

 「教室を始めたい」と思ったときに、それをもっとも早く告知できるのって家族ですよね。その家族の中から、「ぜひ教えてください」という声が上がったなら、それはとても幸せなことだと思います。管理人の家族には、そんなことを言ってくれる人はいませんでした。

 もしも、家族が本気で「レッスンを受けたい」と言うなら、喜んで教えたあげたら良いと思います。
 なあなあになってしまうのではないかとか、相手が素直に批評を聞いてくれないかもしれないとか、始める前に心配はあるかもしれませんが、他人を迎えて教え始めるときにだって、心配はあるのです。
 それに、「弟子0名」と、「弟子1名」は、たった「1」の違いですが、天と地ほども違います。
 相手が家族だろうが、教えれば「指導経験アリ」というキャリアを積むことができます。また、すでに教えていれば、次のお弟子さんが来る可能性はアップします。教わる側からすると、「弟子一号」になるのは怯むけど、「弟子二号」ならば気楽になれるようなこともあるらしいです。

 花屋から花材を毎週とるようになると、花屋経由でお弟子さんを紹介されることもあるかもしれません。「0」を「1」にする意義は大きいです。

◇例3 いけばな教室:管理人の同門の先輩Bさん

 Bさんは、会社稽古を持っています。某会社さんの華道部で、業務終了後、毎週決まった曜日に稽古されています。
 その稽古は、Bさんの、そのまた先輩から譲られた仕事なのだそうです。ある日、先輩にあたる先生から、「自分は高齢なので、会社稽古を引き継いで欲しい」と頼まれたそうです。
 Bさんは、自宅教室は持っておらず、自分で教えることにはあまり積極的とは言えないと本人が言っておられます。しかし、譲られた会社稽古だけは、意欲を持って教えておられるとのこと。その理由は、とても尊敬する先輩から引き継いだものだからだそうです。

 私からすると、人の紹介で会社稽古の話が舞い込むなど、なんてラッキーなんだろうと思います。今の時代では、新たに会社稽古を開拓するなど、コネの無い人間にはとてつもなく難しいことなのです。だって、歴史ある大会社の華道部(そこそこ有名な先生を招いているようなところ)でさえ、閉鎖が相次いでいますからね。習う人の数が減り、会社側もお金を出してくれなくなり、必然的に消滅の一途をたどっています。

 もしも、会社稽古をやってみないかというお話がどこかからもたらされたら、それはぜひとも首を縦に振ったら良いと思います。私なら、必ずそうします。
 会社稽古は、花の先生の収入源としては、安定性があるほうですし、プロフィールでアピールできる実績にもなるので、みすみす逃す手はありません。

◇例4 フラワーアレンジ教室:管理人の働いていた店のお客さんCさん

 Cさんは、フラワーアレンジメントスクールで、教える資格を取得しました。そして、そのことを、勤務先の同僚に話したそうです。そしたら、「あなたが教えてくれたら、うちの会社にも、フラワーアレンジのクラブができる」と言われ、そこから話が広がっていき、あれよあれよと言う間に会社稽古の話がまとまったそうです。

 どうも、Cさん自身が積極的に動いたというよりは、周囲の同僚たちが盛り上がってまとめてくれた、ということのようです。ご本人は「中心になって人を集めてくれた人がいて、すべてその人のおかげ」と言っていました。
 このように、教えるきっかけになったときの話しを聞くと、自分は「どうしても教室を開こう」とは思っていなかったのに、気がついたらそういう話が進んでいた、というパターンは非常に多いのです。
 「どうしても開きたい」と思っている人からすると、「それじゃあ、運と状況まかせじゃないか。どう努力していけばいいのかという手本にならない」と思われるかもしれません。
 しかし、Cさんのような「運と状況」で転がり込んだ教室であっても、周囲の人に、自分がレッスンプロであることを告知していたことと、勤務先の中のこととはいえ、教室につながる人脈を持っていた、という要素はあるのです。そのような、小さな要素を無駄にしないで活用する意識を持つのが大事なのかもしれません。
 ほとんどの人は、ほんの小さな要素しか持っていないのですからね。そこをあきらめて手放してしまったら、教室開設の足がかりになるものは一つもなくなってしまいます。

◇例5 フラワーアレンジ教室:管理人の同門の先輩Dさん

 私は、Dさんとは、いけばな教室でご一緒していました。Dさんは、フラワーアレンジメントの資格も持っていて、どちらかと言うと、いけばなよりもアレンジのほうを熱心に学んでおられたようです。

 Dさんは、あるとき喫茶店のアルバイトを始めました。そして、その店のオーナーに、自分がフラワーアレンジの資格を持っていることを世間話で話したそうです。
 そしたら、営業が終わった後の夜の時間に、店を教室として貸してもいい、と言ってもらえたそうです。
 このように、話がうまく進んだのは、Dさんが積極的にオーナーに交渉したのか、オーナーの側が「うちのバイトさんの役に立つなら」と思ってくれたのか、詳しくは聞いていないので分かりません。
 しかし、バイトを始めて、わりとすぐにそのような話をまとめられたので、私は「うまいなあ」と思ったことを覚えています。

 お店に、レッスンの告知を出してもらい、生徒集めにも協力してもらえたそうです。スペースの使用料は、無料だったか、破格の安値だったか、どっちかだったと思います。
 私は、こういう縁もあるのかと感心し、一時本気で「自分も喫茶店でバイトしようか」などと思ったくらいです。

◇例6 いけばな教室:管理人の同門の先輩Eさん

 私の通っているいけばなの稽古場で、20代くらいのお仲間が、急にパタパタと教室を持って指導を始めた時期がありました。Eさんは、そのときに、自分も教えたいものだと思ったそうで、ご本人が「自分でも、あのときの行動力が何だったのか分からない」というほどのバイタリティを発揮して、足で歩いて自分の稽古場をゲットしました。
 Eさんは、昔ながらの(東京では、本当に少なくなりました)、「花屋の二階で稽古する」タイプの教場を探したのです。
 Eさんは、花屋を一軒一軒訪ね歩き、
「いけばなの免状を持っている者で、教室を開きたい。場所の提供と、人集めにも協力して欲しい」
と交渉しました。
これは、なかなかガッツが無いとできないことです。特に、最初の数箇所で連続して断られたり、非常に冷たい対応をされたりした場合、二度と教室なんか開こうとは思わなくなるほどへこむものなのです。
 もちろん、Eさんも、最初の一軒でうまくいったわけは無いと思います。歩いて、歩いて探したはずです。そして、結局は見事に協力してくれる花屋さんを見つけました。最初のお弟子さんは、その花屋さんの娘さんだったそうです。


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