◆カンナ  「天城越え」 (監督 三村晴彦)

 松本清張原作の、ひじょーに短い短編の映画化作品です。
 原作を読んだ方はご存知のはずですが、清張の小説と、この映画とでは、作品の印象は完全に別のものです。かなり短く、しかもドライな小説を(殺人事件の報告書の体裁をしています)、よくここまで膨らませたという映画なのです。

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 主人公は、平幹二郎が演じる印刷業を営む男:小野寺。この人は、少年時代に、誰にも言えない秘密の体験をしています。
 秘密の体験って、何かと言うと……それは、絶対に許されない罪。残酷な殺人事件の犯人だったのです。

 小野寺の印刷屋に、ある日、元刑事を名乗る男がやってきて、30年前に起こった「天城山殺人事件」の刑事調書の印刷を依頼します。それを見た小野寺は大ショックを受けます。なぜなら、忘れようも無い自分の犯した犯罪の記録だったのですから。
 預かった調書を見て、小野寺は自分の封印された過去を回想してゆきます。

 30年前、小野寺少年は、天城山を一人で超えようとしていました。
 実は、家出してきちゃったんです。理由は、亡くなったお父さん以外の男性に抱かれているお母さんを見ちゃったから。
 許してやれよ、と小野寺少年に言うのは酷でしょうな。(時代設定は戦争中ですから、その時代にはなおさら酷でしょう)受けた衝撃を消化しきれずに、少年は山を越えて兄さんの住む町を目指そうとします。
 しかし、日が暮れてくると、まだ幼さの残る少年には、天城超えは思ったより心細いものでした。この少年の心情を、子役:伊藤洋一が好演しています。
 お母さんが憎くて、恋しくて、そして心細い少年は、帰ろうか……とも思い始めますが、そこへ不意に一人の同行者が現れます。
 それが、田中裕子演じる大塚ハナ。「咲いた咲いたのハナよ」と名乗る女性は、風貌も話し方も、大人の目から見たら明らかに「春のご商売の方」ですが、初心な少年には憧れの対象として映ります。突如現れた憧れのお姉さんに、「私も一緒に連れてって」と甘えられた少年は、暗い山道の中で、さっきまで心細かったのも忘れて、「守ってあげよう」と思うのでした。
 この映画は、何と言っても田中裕子がすばらしい。少年に「あにさん、頼もしいわ」とふざけかかる仕種は、母性とエロスと、そしてなぜか崇高ささえも感じる印象的な演技でした。
 少年は、天城山を越えるまで、ハナと二人でいられると思って、舞い上がって歌なんか歌いながら歩いていきますが、突然二人の道行きは終りを迎えます。
 ハナが、山道で一人の土工を見たとたん、少年に「先に行け」と言って、土工に近づいていったのです。少年は、その夜、ハナと再び会うことは無く、一人山中で過ごしたのでした。

 殺人事件は、その夜に起こりました。被害者は、ハナが近づいて行った土工。体中滅多刺しにされているのを発見されました。
 被疑者として捕まったのが、大塚ハナ。事件の夜、天城山には少年と、ハナと、土工しかいなかったことが確認されていて、警察はハナに目をつけたのです。



 カンナの花は、大塚ハナが警察の取調べを受けている部屋の窓の外に咲いている花です。ハナは、被疑者として刑事に過酷な取調べを受けます。上にも書いたように、真犯人は小野寺少年なのですから、ハナはまったく無実の罪で責められているのです。
 夏の暑い取調べ室には、小さな扇風機しかなく(それも、刑事の方しか向いてない)、手洗いにさえ立たせてもらえないハナが、暴力で追い詰められていく様を、窓の外からカンナがじっと見ています。
 真夏の花のカンナの存在は、じっとりと汗が滲む取調べ室の残酷さを増しているようにも見えますが、いかにも平凡で平和な赤い花は、無実のハナへの慰めのようでもあります。
 この場面には、ヒマワリって選択肢もありな気がしますが、(昔よくあった、グワッと大きな顔で咲くヒマワリがいい)ヒマワリだと、花の顔が取調室の外を向いちゃうでしょうから、やっぱりカンナで正解なのでしょう。

 つらい取調べの末、ハナは無理やり自供をさせられ、引き立てられて行きます。雨の中、警察から車で移送されるハナと、そこへ傘もささずにやってきた小野寺少年の対面は絶品です! 「天城越え」は、このカットのためだけに作ったような映画です。田中裕子ブラボー!
 小野寺少年と、大塚ハナがどうなったのかは、ぜひとも映画でごらんください。


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